今年2025年にデビュー50周年を迎えた演歌歌手の新沼謙治さん。
1986年に湯木 博恵(ゆき ひろえ)さんと結婚し、1男1女をもうけました。
その結婚相手の湯木博恵さん、バドミントンで輝かしい成績を残しているレジェンド選手だったのを御存じでしょうか?
今回は新沼謙治さんの妻、湯木博恵の輝かしい選手時代の記録と結婚に至るまでの馴れ初めについて調べてみました。
新沼謙治の妻はバドミントン選手!馴れ初めと現役時代の成績も調べてみた

新沼謙治さんの妻である湯木博恵さんは、バドミントン界において非常に影響力のある選手であり、正にレジェンド選手です。
国内ではもちろんですが現役時代の湯木博恵さんの活躍の場は世界であり、彼女の業績は今も多くの人々に記憶されています。
新沼謙治の妻はバドミントン選手!現役時代の成績
オリンピックで「日本のバドミントン・チーム」も凄く頑張っていますが、中継を見ていて思い出すのが「新沼博恵(湯木博恵)」さんです。
— 水島裕 (@goofyalice2013) July 25, 2021
バドミントン世界王座に4度も輝き、ひとりぼっちで、世界で戦ったこともあるとか。
物凄い人です。#バドミントン#オリンピック#チャンピオン pic.twitter.com/N5WS37SKvW
個人での成績
湯木博恵さんの公式の大会の記録で残っている初めての成績は高校生時代の山陽女子高等学校3年の時に高校総体(インターハイ)で初優勝です。
その後、日本女子体育大学へ進学し2年生だった1969年、全英オープン選手権女子シングルスで初優勝を果たすと2年連続を含む計4度優勝と輝かしい成績を残しております。
ちなみに今の世界バドミントン連盟(BWF)主催の世界選手権はその当時は無かったので(現在はオリンピックの無い年に毎年開催)その当時の全英オープンは事実上世界戦手権でした。
その後、1977年に世界選手権が創設されましたが、現在でも「全英オープン制したものは世界を制した」と言われるほど特別な格式の大会となっております。
1971年には、高木紀子さんとのペアで、全英オープンのダブルスでも優勝しております。(現在は各クラスに特化にてエントリーしているので珍しい成績です)
オリンピックでもバドミントンが公開競技として行われた1972年のミュンヘン大会で3位の成績を残しております。
団体での成績
また、世界女子団体選手権(ユーバー杯、ちなみに男子の大会の呼称はトマス杯)も3度制覇、と第一期の日本バドミントンの黄金期で活躍していた選手です。
全日本での成績
また全日本総合バドミントン選手権大会でも5年連続を含む6度の優勝を飾っております。
湯木博恵さんは1960年代から1970年代にかけて女子シングルスで圧倒的な強さを見せ正に日本バドミントンの「女王」として君臨していたのです。
新沼謙治の妻はバドミントン選手!結婚に至るまでの馴れ初めは?

出会いのきっかけ
新沼謙治さんと湯木博恵さんの出会いは1981年頃、湯木さんがバドミントン選手を引退した年でもあります。
新沼さんの故郷である岩手県大船渡市の「青少年ホーム」で、館長補佐の大久保善旦さんが湯木さんを新沼さんに紹介したのが初めてのであいだったそうです。
新沼さんは当時、バドミントンが好きで、湯木さんの華麗なフットワークに魅了されたと語っています。
そして新沼さんの方から「家に遊びに来てください」と声をかけ、また湯木さんの祖母が「離すなよ」と言ったことがきっかけで、二人は意識し合うようになったとされています。
そして結婚へ
二人は1986年3月3日に結婚しました。
新沼さんが29歳、湯木さんが37歳という8歳の年の差婚も当時話題になりました。
湯木さんはバドミントンの世界女王であり、非常に著名な選手であった為、この話は当時かなり話題になりました。
その後...
結婚後、湯木博恵さんは日本女子体育大学のバドミントン部の監督をしつつ結婚生活を送っております。
そして二人の間には一男一女が誕生し、家族としての生活を築いていきました。
しかし、湯木さんは2011年9月7日、62歳の時に甲状腺のがんで亡くなっております。
新沼さんはその後も彼女の思い出を大切にしながら活動を続けています。
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